■2004年2月29日(日)

事務所の倉庫の横に放置自転車があった。しばらくして「ひょっとしたら、盗難車か な?」と警察に電話した。

おまわりさん、来て紹介センターとやらに無線したかと思うと5秒もしない間に持ち 主がわかった。

日本の警察もたいしたものだ。

以前、鉄道の踏み切りで一旦停止でつかまったときも、紹介センターに無線したかと 思うと、5秒もしないうちに「ハイィ、本田耕三、○年○月○日、、、、、でスピー ド 違反、△年△月△日、、、、、で駐車違反、、、、、」過去の履歴が瞬時にばれて た。

どんなコンピューター使ってるんだろう???

(本田耕三


■2004年2月28日(土)

私だけかもしれないが?ダンプは荷台が上下するだけと思ってた。荷台がスライドす る のを見た。カルチュアーショックがあった。

現場の外部シートこの頃でこそネットになったシートが当たり前だがはじめてみたと き感心し た。昔はネットでなかったから夏は暑くて大変、ちょっと風が強いと足場が倒れ ないか心配だった。風は通すけどぺンキは通さない誰が考えたんだろう?。

足場の床(アンチスリップ)も昔は鉄板で重たかったけど最近はエキスパンドメタルになって いる。雨が降るとはねて外壁をよごして た。誰が考えたんだろう?

荷を吊り上げるときはワイヤーと思ってたけど、ナイロンスリングに変わった。材木 をちょっと でも傷つけない。誰が考えたんだろう?

壁の鉄筋の頭にはかぶせるプラスチック のキャップが出来た。よくズボンを引っ掛けて破ってた。 先輩から、足場から落ちて鉄筋が突き刺さり人が死んだのを引き抜こうとしたけどな かなか抜けないという不気味?な話も聞かされた。誰が考えたんだろう?

毎日、何年も当たり前のように見てたものが、ちょっと変わったとき、なぁるほどと 思う事が、ちょくちょくある。

歯医者さんで、すわって治療してたのに横に寝て治療をはじめてしたとき、やはり同 じような思いをした。

車のドアにもガルウィンドウなるものがある。

(本田耕三


■2004年2月27日(金)

   

建築は住宅に始まって住宅に終わる。

という言葉がある。

住宅を町場仕事と呼ぶなら、ビルや工場を野丁場仕事と呼ぶ。

町場は施主さんの顔が見える。個人対個人だ。
野丁場は施主さんは組織?だ。施主さんの顔が見えない。

めんめに難しいところ、いいところがある。苦労するところが違う。

組織に感情を持ち込んでしまうと話はややこしくなってしまう。

(本田耕三


■2004年2月26日(木)

   

現場監督の仕事。現場にずっといるのが仕事ではない。

むしろ事務所で次の段取りしたり、見積もりしたり、施工図書いたり、、、、デスク ワー クにできるだけ時間をさかないと現場が順調にすすまない。

最初の現場でわが班の班長は朝1時間現場をまわって後は事務所で次から次に発注書 を きったり工程表を書いたり、施工図書いたりしてた。

片方の班長は朝一番現場に出ると一日中自分担当の鉄筋やさんとかと一緒になって鉄 筋を組んで夕方、事務所に帰って「今日は、疲れた。」と言っていた。

わが班長「職人さんを、手伝って疲れた疲れたといっても誉めてくれる奴はおらん ぞ。」

監督の考え方も色々。経営者の考え方もいろいろ。

(本田耕三


■2004年2月25日(水)

石井の現場で材料を運ぶのにリヤカーをお借りした。リヤカーも便利なものだ。

はじめての現場は東京日本橋高島屋東別館新築工事だった。 本館の営繕工事をしてた時石をはがすと大正時代に打った墨が出てきた。感激した。

先輩から大正時代だけど本館工事のとき生コンは横浜から牛車でセメントを運んできて現場練りしたらしい と聞い た。

東京駅の駅ビルは土工300人がカートでコンクリートをうったと聞いた。

今の時代、すぐ車とかレッカーとかダンプという話になる。今当たり前のように使っ てい るものがいつの時代から使うようになったのか?それがなかった頃どうしてたのか?考 えるのも面白い。

テレビしかり、携帯電話しかり、パソコン、デジカメ、、、、、レベル、トランシッ ト、 CAD、、、、、

(本田耕三


■2004年2月24日(火)

確か設計の都市デザイン賞を取った建物と思うんだけど、最近2,3回横を通 ったけ ど 店を閉じてるみたいだ。

いくら立派な建物でも使われてなかったら寂しいものだ。

少なくとも、工事期間中半年なり、施主さんもエネルギーを使っただろうし、設計、 施工 者もエネルギーを使ったはずだ。

監督も職人さんも、汗を流したり、悩んだり、苦労したりしたはずだ。

やはり、仕事させて頂いた店舗は繁盛して欲しいし、住宅も大事に使って頂いて、そ の家族も健康に幸せになって欲しいと思う。 自分のした家が生きている間に、壊される使われなくなるというのは辛いものだ。

現場監督いくつになっても「あの家はわしがしたんじゃ。」(自分一人でしたわけで はないけれど、、、)と言いたいだろうから。

(本田耕三


■2004年2月23日(月)

携帯電話がなかったら?

携帯電話がない頃どうしてたのだろう。携帯電話が普及した事によって、現場監督職 人さんの段取りがいい加減になってきた。 いつでも連絡取れるものだから、慎重に考えたり、キチッとした打ち合わせをしなく なった。そんな気がする。

パソコンがなかったら?

パソコンガ楽しい?ものだから、ついついパソコンにさわる時間が多くなった。パソ コンのキー ボードを叩いてたら仕事した気分になってしまう。必ずしも、パソコンで打ち出す必 要の ないものまでパソコンで打ち出してしまう。

便利だけれど、本当にその仕事パソコンでする必要あったの?????

(本田耕三


■2004年2月22日(日)

東京ネタ2

東京、一段と人が増えたような気がする。

原宿駅から表参道を歩くだけでも ハナエモリビル、今話題の安藤忠雄設計大林組施工同潤会アパートの現場あり、黒川紀章設計大成建設の現場、伊東豊雄設計竹 中 工務店の現場、ルイ・ヴィトン表参道店、、、、

見るところがいくらでもある。建築 屋ならではの楽しみだ。

夜中の12時で山手線はラシュだ遊び返りの人も多いのだろうけど、仕事帰りの人も 決 して少なくない。

海運業のYさんが言っていたけど、やはり東京の人間の方が、大阪の人間より格段に 良く働く。荷役にしても東京は日曜でも朝早く夜遅くても受け付けてくれるが、大阪 は時間外だと受け付けないと。

同級生も言っていたが毎晩終電に乗って帰ってタクシー乗り場まで競争だと、、、都 会で 生活するのは大変だ。

新入社員の時、南浦和の寮に18ケ月西船橋の寮に22ケ月いたけれど、最初のうち は 3分後にくる国電に乗るために駅のホームを歩いていたが3月もしないまに回りの人 と 同じように走りこんで乗っていた自分を思い出した。

(本田耕三


■2004年2月21日(土)

土曜日というのに、夜中の8:30皆、現場から戻ってきた。 論田の現場監督から片付けの召集。全員現場へ。 30分一斉清掃。軽四4車。残材の山。

従業員に感謝。

土曜日の夜遅くに片付けなくても「平日からちょっとちょっと残材持ち帰れよ。」と 言いたいのだけれど、それを言ったら従業員ににらまれそうだ。

夜遅くまでご苦労さん。

夜のテレビで第一生命のサラリーマン川柳を発表してた。

「父見捨て、子供プレステ、母エステ」

むこうで嫁さんと娘がヒソヒソ話してる。何を言ってるのだろう?

(本田耕三


■2004年2月20日(金)

建物は立体だから、三次元なんだけど、図面に表現しなければいけない。 三次元を二次元で表現しなければいけないから難しいわけだ。

施主さんの図面の理解度は一般的にこちらの想像以上に理解できていない。

外部立面でサッシ開口を書いてあっても、「こんなところにこんな開口があると思わ なかった。」と平気でおっしゃる方がある。

以前は、「この人、ずるいなぁ〜。平気でとぼけるなぁ〜。」と内心思ってたが、ど うも実際そうみたいだ。本当に、気づいてなかったみたいだ。

現場は二次元で書かれた図面を三次元に墨だししなければいけないから、図面 では簡 単に書ける線、寸法もそうはいかない。

高低差の激しい基礎、掘り方現場は苦労する。いかに上手に墨を出し、仕事をするか 経験が物を言う。知恵のだし所だ。

(本田耕三


■2004年2月19日(木)

日本の住宅事情もまだまだのようだ。

 

東京では高円寺駅から徒歩10分7帖風呂なしトイレ共同 ブリキで拵えた流し付き家 賃 3.5万の息子のアパートに泊まった。

まわりをみても狭い土地に狭い家古い家が一杯。たまに目にとまる家があったかなと 思うとどうも設計者に頼んだ家みたい、止まってる車は外車。

東京ではデザイナー住宅は金持ちでないと建てれないみたいだ。

途中で妙な?ブロック塀の補強工事を見たので、写 真にとった。

コインシャワーなるものも体験した。

100円ではすませれない200円使った。こ んな商 売があるということは結構風呂のないアパートも多いという事か?

高円寺の阿波踊りも徳島では有名だが、地元の人で阿波踊りが徳島からきたというの でなく高円寺のものと思ってる人が多いというのも意外な話だ

(本田耕三


■2004年2月18日(水)

 

 

昨日は中小企業家同友会の勉強会があった。月に一度ある。49名が出席。 「社員採用について共に考えよう!」というテーマ。皆さん従業員の採用について悩 んでいるのがよくわかる。

新卒がいいか中途採用がいいか?

採用した人の教育をどうしたらいいか?
採用したとき、採用した人にどう接したらいいか?今までの従業員の採用者に対する 接し方は?

自分たちもどうやって仕事を覚えてきたんだろう?

卒業時、大手ゼネコンに入り半年で止め、当時徳島で3本の指に入る設計事務所に入 り その後独立したFさんが言っていた。

大手ゼネコンの設計部ではしょっぱなから仕事をあてがわれて自分で本を見ながら調 べながら設計した。徳島で就職した設計事務所では本もなかったし、本をみて勉強し ようとする者もいなかったと。

今、徳島で売れっ子の設計士さんも独立して3年くらい仕事がなかったとき、図面 は ここまでかかねばと勉強したと聞いた。

現場監督もどうやって仕事を覚えていくのだろう、経験だけでいくには限度がある。

いつまでも次から次に勉強はしなければいけないし、実務には終われるし、休まると きがあるわけがない。

(本田耕三


■2004年2月17日(火)

 

 

トヨタネタ2

30年前でトヨタ一級建築士事務所には150人一級建築士がいた。

当時トヨタも車はいつまでも売れない次は住宅部門だとか言っていた。同級生でもト ヨタ営 繕に就職したW君もいた。

2004年1月トヨタホーム株が誕生したみたいだ。 愛知県では3年連続戸建て住宅売上NO1をめざしてるみたいだが、そのトヨタでさえ 今ひとつ住宅産業に は戸惑ってるみたいだ。

O組も大学の先輩後輩という人脈を使って営業してた。

当時車の三角窓のプレスした残材を使う方法はないかと提案募集したり してた。

営繕工事にも半年くらいかかわった。

ターセルを出す前だった。溶接したときに出る熱の 冷却ピットだったが、生コンがエンストしても工場内の車は引っ張ってくれなかった トヨタ看板 方式。工場内で車は時速30km?で走って何処につくという配車計画をしてるから5 分遅れるとラインを30分ストップさせるからと、

生コンが来るまで待ってると工員さんがよってきた、「お宅やうらやましい。さっき か ら30分立ち話してる。トヨタでそんなことしてたらコスト低減につながるといって 配置転 換になりますよ。」

自動販売機の前で工員さんは3分以上いない。5人に一人職長がいて看視?してるか ら。

溶接やガスなど火器使用の仕事は5時にかえろうと思ったら3時に仕事をあがらねば いけない。3時に済んで工場内の消防署に届けて2時間火の看視。

トヨタも日産もマツダも三菱も、、、、同じような建築業者が行き、同じような機械 メー カがいくのに何が違うか?機械屋さんから聞いた話だけど、トヨタの工場長はやはり よそ よりよく仕事を知っていて注文が厳しかったり、気づくところが鋭いらしい。

当時もトヨタは儲けすぎと言われてたけど、営繕の担当者は言っていた。「トヨタは 儲けすぎではありません。それだけの事してます。」

偶然だけど、今の現場の施設長と話をしてたら、「経営者は大変だね。トヨタの社長 やになったらものすごい苦労があるだろうね。」という話をきかされた。別 に、この 日誌を読んだわけではなかったのに。

又、今夜のプロジェクトX「国産乗用車・われらいばらの道を行く。トヨタ倒産の危機」 不思議だ。

(本田耕三


■2004年2月16日(月)

 

 

トヨタは純利益1兆円だそうだ。すごい。

30年近く前、トヨタ本社工場の前で第二エンジン実験棟新築工事にかかわった。話 題はつ きない。

O組の社長は東名高速をベンツで走って、豊田インターでセンチュリーに乗り換え て挨拶に行くと か、

所長が日産の車に乗ってたので大所長におこられたり、

S建設の型枠大工が覆面カーのシートをめくったばっかりに半年間指名停止になった とか、

外部足場がかかったときテストコースはみえないよう目隠しをしたり、足場をばらし た後は ガラスに目隠ししたりとか

トヨタも戦後資金繰りが苦しかったときO組やT工務店が資金の肩代わりをしたから石 田 退三が会長をしてた頃は大手は 2社しか入ってなかったけど、会社が大きくなり重役が若返ると大手ゼネコンは全て 入 り厳しい入札になったとか、

工場の中ではベンツ、BMW、ボルボ、、、分解された外車がたくさんあったり、、、

車名にはCが入るとよく売れるという縁起をかつぐとか、カローラ、コロナ、チェイ サー、クラウン、コ ルサ、、、、、、、

鉛筆1本次のを使うときはちびた鉛筆をみせてもらえるとか、、、、

全部が本当とも思えないけど、あたらずとも遠からずだろう。

(本田耕三


■2004年2月15日(日)

柱をみせる真壁の家と柱を隠してしまう。大壁の家。 神経の使いようが違う。

大壁の家は建前したあとでどないかなる事が多いが、真壁の 家は柱一本一本当て込みしていかなければいけない。 穴一つ明け間違えても取り返しのつかないことになってしまう。

今回は土壁も塗っている。

土を塗る前に、開口部等チェックしておかないと大変な事に なってしまう。

いっそ柱が無地ですよならまだわかりよいが上小ですよとか小節ですよとなるとどの 程度まで認めていただけるのか人によって違う。

柱の値段も節はいいませんだったら2800円
上小節だったら5800円
一方無地 だっ たら15000円
二方無地だったら25000円
三方無地だったら50000円。

材木の種類によっても違うし、同じ無地でも色目、柾目まで言ってると又、値段が 違ってくる。本当に難しい。

しかし、100%できないのが人間のする物作り。

プロとしては禁句だけど。

(本田耕三


■2004年2月14日(土)

朝のラジオで地球全体の平均気温が0.5℃アップといっていた。0.5℃くらいと 思うのだが、大変な事らしい。

平均という言葉が良く使われるが、ついつい惑わされてしまう。


今日は、バレンタインデー、義理チョコが従業員Hと施
主さんの奥さんから2個。

本チョコ???が嫁さんと娘共同で1個。「只今、ハートの工事中しばらくお待ち下 さい。」だって。

色々考えるものだ。

(本田耕三


■2004年2月13日(金)

 

「30まで、一級建築士、現場監督希望。」

いないかなぁ、、、、この日誌読んだ方 で居たらどうぞメールを。

なかなか上手が言えない。
携帯電話で用件だけ言ってプチッと切って後から「話途中 だったのに」とおしかり受けることもある。

言葉には、苦労してきた。広島弁はきついから。

監督のF君より「破風を大工さんが節があるから、短く切ってしまったんです。」と 聞いてたので、

棟梁に「あんな事されたら困るね。」といったら、 「お前、その言い方はなんな。そんな言い方するんだったら現場引き上げるぞ!」と 怒り返された。

こちらはきつく言ったつもりではないのだけれど、きつかった、小馬鹿にされたよう に感じたらしい。

なんとか誤解は解けたと思うのだけれど、、、、

よく「どしたん。」とか「、、、、でぇー」とか言って相手が困惑したりしてる。

徳島弁の「ほなけんどな。」とか「どちらえか。」という言葉にいいなぁ〜と思う。

(本田耕三


■2004年2月12日(木)

 

今の70以上の工務店の社長は、それなりに?一財産残してる人が多い。

戦後日本で住宅がいくらでもたったから。田んぼを買って、埋めたり、仕事が切れた ときは古材でアパートを建てたり、、、、

昔は、宅地建物取引主任者なる資格がなくても建売ができたりした。 「住宅の販売」をするには宅建の免許がいる。

おじさんに「宅建の免許があったら建売ができるんだけどな?」と言われて、宅建の 免許を取った。

長いことになるのだけれど実績0。家を建てる人の引っ越し先で何件かマンション仲介し たくらいだ。

建築士の資格は一回とったら一生有効だ。講習会はちょくちょくあるけど、出席しな くても免許が剥奪されるわけではない。

宅建の資格は5年に一回。缶詰で一日講習を受けなければ次もらえない。
今日も弁護士さんが2時間:紛争事例と関係法令、実務上の留意事項
税理士さんが70分:改正税制の主要な改正点と紛争事例及び実務上の留意事項
県庁建築開発指導課、 施主さんでもあるKさんと宅建協会教育部長?が110分:改 正都市計画法、改正建築基準法、改正宅地建物取引業法その他改正法令について

宅建の世界も高齢化がはなはだしいようだ。

10年以上も前から専任媒介契約をお客さんと結んで、売り希望、買い希望をパソコ ンに載せて一発で売り手買い手をつなぎましょうということなのだけれどいつのこと やら????

お客さんになかなか理解してもらえない。不動産屋さんも真面目に考えると誠に責任重大。難しい仕事だ。

(本田耕三


■2004年2月11日(水)

 

東京に2泊3日してきた。よく歩いた。 又、日誌のネタがいろいろ出来たけど、おって載せることにしよう。

今日が11日で支払日の15日が日曜だから、今日明日の間に支払い集計をしなけれ ばいけない。請求書チェックと支払い金額を会社別現場別に振り分けなければいけない。 明日中に集計して13日金曜日の午前中にパソコンにうちこんで各業者に16日月曜 日振込みとなる。

毎月2,3日はこの作業に時間をとられるわけだが、一番大事な仕事だ。 振り込み金額を間違えると必ず次の日の午前中業者から電話がかかってくる。お金の ことだから、一円まで合わないと集計にならない。

仕事がら毎月の支払い金額が少ないからといって喜んでおれない。 多いほどいいわけだけれど、多いと又、お金を集めるのに苦労する。

毎月これのおっかけっこだ。

(本田耕三


■2004年2月8日(日)

 

あしたの午後から東京だ。
トステムのリフォームフランチャイズに入っていると、年一回東京ビッグサイトで オーナー会というのが 開かれる。全国のトステムホームウェルの経営者が集まって、成功事例発表や新商品 の説明会が ある。

零細企業の経営者としてはこちらで現場の段取りしたほうがいいのだけれど、年に一 回東京に行って刺激をうけてくるのも大事なことかもしれない。

偶然、我が社のホームページアドバイザーのNさんも東京にいるので、嫁さんと、女 性 現場監督Hに「Nさんとかけおちでもしょうか?」と言ったら、「かけおちは相手 の同意があってはじめてなりたつものよ!自分だけでするのは行方不明というのよ。 行方不明になっても探しませんからね。」だって。

(本田耕三



■2004年2月7日(土)

 

竣工前、一月の現場がある。施主さんのからみで、電気、空調、水道設備一括、はじ めての業者。

建築現場、昔ほどではないけれど、設備屋さんは建築屋の言いなり?建築屋にあわせ てもらうというところがある。

元請はわがままなものだ。勝手なものだ。

現場が設備のために順調にいかないのかな?と感じたので今日は、社長に現場にきて もらっていろいろ打ち合わせした。

横で聞いてて、おかしくなった。

社長「いつできるんな?」
担当者「来週、中ごろです。」
社長「何日な!そんな言い方するな!」
担当者「、、、、、」
社長「何日な?」
担当者「10日です。」
社長「ほな、10日までにするんぞ。」

何処やの会社と全く同じようなやりとりをしてた。

昨日の四国放送朝の番組「おはようとくしま」で

「私は佐古を選びました。若き店主 が注目する街」

がテーマで喫茶店グリグリさんおもちゃのオレンジさんが取り上げられてた。

3件 のうち二件を施工させて頂いてたのと二軒ともがこだわりを持って商売されてたのが うれしくなった。

(本田耕三


■2004年2月6日(金)

 

ちょっとショッキングな話だが。はじめての現場で20の土工が首吊り自殺した。自 殺はあとからわかった話なのだが。

パイプシャフトのなかで土工と一緒に死体をおろした。 最初は警察が乗り込んできた。他殺でなかったら警察はすぐ引き上げた。 次は、労働基準監督署。手配書の書き方が、どうだとか作業状態がどうだとか足場が どうだとか、、、、、

切梁解体のとき鳶がH鋼に挟まれてケガをした、トラックにつんで病院に連れて行っ た が、そのトラックが現場に帰ってきてバックしてて人を引っ掛けた。

おかげで30年現場監督してくるといろんな修羅場を経験するみたいだ。好んで経験 することもないけれど、、、、、

(本田耕三


■2004年2月5日(木)

 

「医師名義貸し 大学の6割超」

「医学部医師 名義貸し 徳大でも5人 51大学 延べ1161人」

ちょっと古い新聞記事だが、言ってることは同じなのに表現方法、読むほうの印象は 全然違う。

(本田耕三


■2004年2月4日(水)

 

うかうかあの世にもいけないみたいだ。
父親がなくなって、名東の霊園に墓地を移したのだが、管理料なるものの請求書がき た。三年さきまで前納だとか。

この世でも借家に住んでたら家賃がいる。
持ち家に住んでても税金を納めなければい けない。

来世でもお金を払わないと住むところがないみたいだ。

ローマ字入力でお墓と入れるところ偶然、かな入力で「おはか 変換」としたら「楽 地の地」とでてきた。偶然。

N食品社長がなくなられた。健康ジュースに一生懸命だった人だ。皮肉だ。58歳は若す ぎる。昨年の12月忘年会に息子さんが来てた。

入院してたのか、、、、 御冥福をお祈りいたします。

(本田耕三


■2004年2月3日(火)

論田に銘木センターがある。

今まで、木材市が開かれていた。九州や中国地方から材 木屋さんが買い付けにきてた。3月で閉じるらしい。

津田にプレカット工場がある。

40坪位の家だったら一日2戸前分くらいを切り組してし まう。 大工さんが手加工してたら、1戸に2人が20日くらいかかるのに、、、、一日16 時間体制で稼動してる。

同じ木材業界なのになぜこうも勢いが違うのか?

(本田耕三

■2004年2月2日(月)

建設業界まんざらすてたものではない。

久しぶりに見た。

元気な、やる気のあるいきいきとした若い大工さん。

進学校を卒業して6年。

同級生は皆大学にいったそうだが、彼は最初から大工になる つもりで成ったらしい。

「リストラはないしね。」

6年で、丸太の墨つけ、刻みができるらしい。

必死でしてた。いい顔してた。

木匠塾も失敗ではなかった。このたび一期生のF君が棟梁として現場をしてくれる。

しっかりしてる。マナー、報告連絡相談もゆきとどいてる。 楽しみだ。

仕事をいかに覚えるかは、やはり、本人のやる気次第みたいだ。

(本田耕三


■2004年2月1日(日)

 

早いもので、今年も一月たったというよりも、今年もあと11ケ月という感じだ。

陸上競技ならストップウォッチで何分何秒と読めばいいのだが、現場はタイマー感覚だ。あと何 日それからいくら減っていくか?という考えだ。

ここ何日か、会議や講習会や見積もりで現場周りがなかなか出来なかったので、今日 は朝から論田、石井、応神、北島、川内と現場廻り。

お昼は1:00からちょと時期的には遅いけど、「今でも新年会だっか!」とDホテル 社長さんご夫妻の提案で、居酒屋とくさんで新年会。

税理士さん、司法書士さんご夫妻、、、、、12名が出席。6名の方は初対面 。又、 新しい人の出会いが出来た。感謝、感謝。

附属小学校前に「祖川幼児教育センター」がある。本日ホームページがリニューアルオープン した。ぜひご覧下さい。

(本田耕三


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