■2006年3月31日(金)


一年の中で、3/31は格別だ。3月決算だから3月31日時点での成績をつけなければいけない。

3月31日時点で、工事は済んでるけれど工事代金が入ってないものは未収金として、支払ってないものは未払金として、工事中のものは仕掛として分けなければいけない。

これが簡単なようで誠に複雑。整理出来るのに二月近くかかってしまう。

何度か税務署さんの立ち入りもあったけれど、「出た金入った金は一切誤魔化してません。 勘定科目がどうのこうのは分かりません。入った金出た金の理由を税理士さんに正直に報告させてもらってるのに、追徴税があるとしたら、プロである税理士さんの申告の仕方が間違ってたということでは、、、、?」

 

 

(本田耕三

■2006年3月30日(木)

郷土文化会館に足場がかかってる。

外壁補修と耐震改修か?


この建物 西山卯三設計。私が学生時代、東の丹下健三 西の西山卯三などと言っていた。 戦後住宅理論をとりいれて2DK標準設計を創出し、これを普及させた人だ。

当初、万博の基本計画も西山卯三だったけど、実施は丹下健三になったとか。

住み方の記」と言う本を買って呼んだ覚えがある。「けんちとすみれ」というNHKのテレビ番組にもなった。

計画の先生が西山研究室にいたこともあって、西山卯三著作集。4部シリーズ「住宅計画」「住居論」「地域空間論」「建築論」買ってしまった。分厚い本でほとんど読んでないみたいだが、ちょくちょく赤線は引いている。今は、何も覚えてない。血気盛んだったみたいだ。

建築屋おかげで、町を走っていてもいろんな楽しみ方がある。もっとも、家族からは職業馬鹿といって、アホ扱いされるけど、、、、


現場心得

材料を置くときは必ず、下に輪木を敷くこと。直におかない事。 シートを掛けて、ぬれないようにする事。

(本田耕三


■2006年3月29日(水)

施主さんが、上勝出身で自分の山から切り出した木材で家を建てている。

上勝まで打合わせに行ってきた。たまたま木材市に出くわした。


難しい。材木って、こうやって値段が決まっていくのか。

丸太の状態でセリ人?が金額を読み上げていく、買い手が値段をせっていく。ついた値段が安くて売り手が売らないという場合もある。

丸太で見たとき、いい材料と思って高い値段で買っても割ってみたら期待はずれということもある。逆もある。

セリ人この道30年らしいが後継者が育ってないという。どうなるんだろう?

(本田耕三


■2006年3月28日(火)

72候というのは知らなかったのだけど、誠に上手く出来てるみたいだ。 3/31から4/4は、「雷乃発声」(かみなり すなわち こえをはっす)となっている。

秋分に鳴り納めた雷が、再び活動を開始する時期だそうだ。3日早いが今日雷が鳴った。雷を写 真に納めようと思ったけど、光は音より早くて撮れなかった。日本の四季をもっと味わいたい。

久しぶりにHPリフォーム欄にアップした。ご覧頂きたい。
監督も設計も女性。女性パワー爆発。

現場心得
ベニヤの一枚、桟木の一本も床下に埋められたら施主さんは気持ちが悪い。

 

(本田耕三


■2006年3月27日(月)

日本さくらの会と言うのがあるそうだ。さくらへの関心を高めるため、咲く(3*9=27)のゴロ合わせと、72候「桜始開」の時期が重なる3月27日を、1992年に「さくらの日」と決めたらしい。

必ず何かがあるのが現場。

外壁リフォームの現場で足場屋さんが足場を払してて、下屋の屋根を踏み抜いた。

(本田耕三


■2006年3月26日(日)

人事異動の時期だ。

高校校長退職の欄に当方の施主さんお二人の名前を拝見。お疲れ様でした。

自分が徳島の小学、中学、高校だったらもっとたくさん知った方が載ってるのだろうけど。

日経人事にT建設。N君を見つけた。ITソリューション、、、、部長。何をするんだろう?昔GA05プロジェクト40題にも載っていた。頑張ってるみたいだ。四日市から来てた彼は最初広島転勤になり、広島の女性と結婚した。その後東京本社設計部に転勤になり、設計一本。東京に行ったときコンクリート打放しの住宅にお邪魔して語り合った事がある。

県職員人事となると、知った方が結構出てくる。我が社の施主さん今まで、県の職員さんが3割近くかな?。住宅課の施主さんが4人いるというのは、有り難い。

これから2,3年わが団塊の世代の大量定年が社会問題になりつつある。

   

(本田耕三


■2006年3月25日(土)

施主さんから、プランを「pdfファイルで送って頂けたら、読めますが?」と言われて、pdfで送った事がある。

このたび施主さんがJWをダウンロードされて、図面をそのまま添付ファイルで送った。今晩の打合わせ施主さんから「(図面 内の)車を移動しようとしたけど、出来なかった。」とか言われた。 打合わせ時間の調整もメールで連絡がほとんど。

これから益々、どうなるのだろう?

ただ建築家との三者打合わせだけはやはり、顔を見もってでないと微妙なところが伝わらない。

プランを見もって、施主さんから出た言葉。「、、、物語が進んでいく、、、、」いい言葉を聞かせて頂いた。

   

(本田耕三


■2006年3月24日(金)

施主さんと岡山に行ってきた。CRESCENDOに

建築学科では現代建築の三巨匠と言って、ル・コルビジェフランクロイド・ライトミース・ファンデルローエを習う。

施主さんは10年以上前、コルビジェという名前を知ったそうだ。その後、カッシーナを知ったそうだ。ずっと思いこがれていたみたい。

1時から5時まで打ち合わせ。

ビックリするくらい、買われた。後にも先にもこれだけ住宅の中にカッシーナ製品が入る事はないだろう。

家具、椅子に建築が負けないようにしなければ、、、、プレッシャーがかかる。

(本田耕三


■2006年3月23日(木)

松下幸之助坪内寿夫笹川良一の共通 点は朝の6:30仏壇の前で手を合わせていたことときいたことがある。

只今、お彼岸さん。仕事の間でお墓参りに行ってきた。 墓地の一坪は1.8m*1.8mより小さい。1.8m*1.5mになっていた。

7年前、父親が亡くなった時引越しをしたわけだが、以前のお墓と違って回りは知らない人?ばかり。現世でも住宅がいごこちいいか悪いかはご近所も大事なのだが、末代までご一緒するお隣さんは全く知らない。

お墓の構え?もみんな違う。当方のお墓。お隣さんより背が低いみたいだ。色はちょっと黒っぽい。石の材質。お隣さんより高いのかな安いのかな?

明らかにお墓の坪単価?は、住宅の坪単価より高くなっている

(本田耕三


■2006年3月22日(水)

3月15日、気象庁発表徳島の桜、開花宣言は3月25日だ。天気もしばらくころころかわりそうだ。

昔、当時本田技研副社長 西田通 弘さんの講演会で妙に耳に残り、気に入った言葉がある。

「桜は一杯咲いている、明日咲くつぼみはあるか?」

満開の桜の中に、次咲くつぼみを見つけたい。桜は散る。つぼみを大事にしたい。

今はつぼみの若い設計者、職人さん、現場監督。つぼみを大事にしたい。 建築の世界に限らない。

   

(本田耕三


■2006年3月21日(火)

地道に建設業を営みたいと思う。

緊張する。ホッとする。

地鎮祭、何回しても緊張する。施主さんにとっては、当たり前だけど初めてなので勝手がわからない。

金光教の人、創価学会の人、キリスト教の人、天理教の人、、、、お坊さんでした人、、、、いろんな地鎮祭をしてきた。

今日の地鎮祭。普通の?地鎮祭だったのだが、神主さんから最後お話があった。

地の神を鎮めるとか、工事の無事安全を祈願するとか位に思っていたのだが、「今ここにある土地は先祖代代守られてきた、、、ここの土地に家を建てて、末代まで家族が幸せに繁栄して欲しい、、、、」というお話をして頂いた。

施主さんも息子さんが二人ワザワザ遠方から帰って参加された。親から子への思いも伝わるような気がした。ご家族4人。このご両親だったら子供さんも間違いない。

施主さんと建築家が出会ったのが調度、一年前の3月27日。契約書の日付けも3月27日大安にした。

施主さんのお友達に設計の人もいるし、工務店もいるらしいのに、頼んで頂けた。感謝する。 責任重大だ。

地鎮祭の大事さ、先祖の大事さを改めて思い知った。

(本田耕三


■2006年3月20日(月)

もったいない。

大きな入母屋と倉庫。
今は、ご両親が亡くなられて空家になっているそうだ。

嫁いだ娘さんから、リフォームのご相談。どんなリフォームにするか?以前にどう利用したらいいか?からのご相談から。娘さんの嫁ぎ先は土木屋さん。

倉庫の内部大きな梁に圧倒される。
入母屋の中、建具屋さんの力の入用が察せられる。

(本田耕三


■2006年3月19日(日)

 

 

自然は義理堅い?
春の嵐は必ず来る。久しぶりに打ち合わせのない日曜日らしい日曜日。外は風がビュービュー。少々現場が気になるが今日は一日事務所でデスクワーク。

世の中20日(月)に休みを取って、4連休の人もいるのかな?娘が大阪に帰るフェリーが一杯だったそうだ。

まさに奇跡だ。世界野球、日本が決勝進出。日本が危なくなったのもあの妙な?塁審のせい、又、希望が湧いたのも妙な?塁審のおかげ。

最近、運をよびこむということにやたら興味がある。

同業者の集まりに出ても、経営者のあつまりに出ても口から出る言葉は「これからどうなるんだろう?」とか「景気が悪い。」「何ぞ他にいい職業無いだろうか?」、、、、という話。

数年前、中堅ゼネコンFの神戸支店長をしてたK君が、当時Fは危ないと言われてた時だけど、「建築を職業とした事に、後悔しない人生にしたいと思います。」年賀状をくれた。 もっともだ。

最近、「忙しいですか?」と聴かれたら「ボチボチです。」とかでなく「絶好調!」と答えることにしてる。

一人になったら落ち込んでるんですが、、、、

贅沢はいいません。40まで一級建築士。明るく元気で素直な現場監督希望者いませんか?メール下さい。

(本田耕三


■2006年3月18日(土 )

 

 

38年前の今ごろは調度、悶々としてた時だ。 一期校がすべって二期校の受験勉強をしてた時だ。深夜のラジオの「二期校は学力でありません。気力です。」という言葉を信じて。

私の人生。中学は第三志望。大学は第二志望。就職は第一志望だったのだが、人生どう転ぶか分からないものだ。いろんな経験をさせて頂いた。いつの時も、すごい奴がいるもんだという思いをしてきた。

昔は冒険が出来た。無理かな?と思っても受験する事ができた。今ほどパソコンでデータ、データになってしまうと、冒険が出来なくなる。偏差値で分析されてしまう今は、不幸かも?

30までは転校、転勤で根無し草のような人生だったが、おかげで徳島が28年。いろんな方とお近付きになれた。

昔、某住宅メーカーが「孫子の代まで」と宣伝してたけど、住宅産業。建ててからがお付き合い。そうありたい。

建てる家は娘のようなもの、建てた後、嫁がせたあとは幸せになって欲しい。

(本田耕三


■2006年3月17日(金 )

 

 

小学校6年の時、広島に転校になった。今度の社宅は2階建てと聴いてたので、2階に上がるのが楽しみだった。建築会社の社宅だったから紺屋の白袴。廃材で拵えたような社宅だった。お風呂はやはり五右衛門風呂だった。薪割りも仕事だった。

五日市町楽々園。近所に遊園地もあり、海もあった。お正月は宮島詣でだった。 海は何年か後には埋め立てられて造成地が出来た。

小学5年までは勉強なんてしたこと無かったけれど、広島に転校になって、受験の世界に巻き込まれてしまって、気づいてみたら今は徳島だ。今までの私の人生。小学6年の時が一番勉強した。

中学、高校の時英語の勉強?のためFEN放送(米軍極東放送ともいうらしい)を聴いていた。 ビルボード、キャッシュボックスのベスト100とか聴いていた。ポップスが日本で流行る半年くらい前にヒット曲を探すのが楽しみだった。「this week no1 kyu sakamoto SUKIYAKI」

リトゥル・ペギー・マーチ 「アイウィル・フォロウ・ヒム」、、、、、etc

ヘップバーン主演の「マイフェア・レディ」広島朝日会館ではじめての指定席制だった。指定席の時は一度しか見れなかったが、指定席制廃止になり又行った。その時は朝の10時から夜中の10時まで一日中映画館で潰した。

おじさんの昔話その2

(本田耕三


■2006年3月16日(木 )

 

 

岩国が賑わしい。

小学校5年までは岩国だった。6帖と4.5帖二間の社宅だった。押入が二段ベットになったりしてた。トイレは当然汲み取り便所。お風呂は五右衛門風呂。テレビ・電話は無し。

岩国駅から徒歩5分。隣は派出所だった。よっぱらいが柱に縛られて、一晩中騒いだり、若いおまわりさんが休憩に来たり、進駐軍相手のお姉さん?が遊びに来てたりしてた。

そのときのおまわりさんが出世して、下関警察署長になった。20年前岩国に行った時、錦帯橋前の旅館で面 会した。

米軍のあるほうを、「川下」という地名で呼んでいたように思う。give me chocolateの時代だ。

室の木幼稚園は山の中腹にあり、途中防空壕がたくさんあった。

麻里布小学校までの道には爆弾を落としたあとできた蓮池がたくさんあった。 白蛇ともちょくちょく顔をあわした。

家にテレビが無い頃、お向かいの美容院まで、力道山を見に行った。

考えてみたら小学校時代はまだ、戦後10年前後だったんだ。当時、岩国市庁舎が丹下健三設計の打放しで新築されたように思うのだが?

花見は錦帯橋まで行ったように思う。錦帯橋から城山を望む景色は絶景だ。

おじさんの昔話、その1

(本田耕三


■2006年3月15日(水 )

 

 

徳島の大工学校「徳島木匠塾」が閉校になって、 はや2年たつ。

今日は建前だった。木匠塾の生徒だった子が二人きてた。うれしかった。面 構えが変わってる。


財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上という言葉がある。 好きな言葉だ。財を残すのも難しいけれど、人を残すのも難しい。

 

 

建築家の建物。やはり難しい。
2*4を6年した監督が、初めて木造在来の建物の建前にたちあったが、「難しいですね。神経使いますね。ドット疲れますね。」

65坪の建物。今日一日で市場価格300万円近くの木材・お金を使った事になる。

(本田耕三


■2006年3月14日(火)

何がおきるかわからないのが、現場。 この時期に雪。

お天道さんは有難い。積もってた雪も10時には解けていた。

現場にとって雪は雨より始末が悪い。

 
川内O邸の現場。監督、午前中、墨出しをする予定だったが、雪も解けた午後から墨出し。
寒い、手も冷たい。手が冷たくても手袋してたらいい墨は打てない。墨も打った後、生きてるように見える時がある。現場監督。まず、墨出しから。

紙の上では直線で引けて、寸法が測れても、現場では障害物が有ったり、段差が有ると、墨の一本がなかなか打てない時がある。 いつまでたっても、墨出しは恐い。間違えると大変だ。

明日は大安。建前。18日が彼岸の入り。21日が彼岸の中日。24日は彼岸明け。

お彼岸さんに建前を避けてという方は多い。


明日は12時30分が干潮18時37分満潮だから、午後はいつでも棟木を揚げれる。棟木は満ち潮時に。建築家の建物。片屋根だから棟木らしい棟木がないけれど。

暦で明日は満月になっている。きれいなお月さんが見れるだろう。川内K邸の現場。施主さんのプランの要望。家からお月さんがきれいに見える事だった。

   

(本田耕三


■2006年3月13日(月)

今日の徳島。

「県内真冬並みの寒さ」ゴミ籠のシートにたまった水が凍ってた。
雪も舞ってた。


どうも現場監督病のようだ。現場に出てたほうが落ち着く。事務所に居たらイライラしてくる。

現場監督を何年かすると椅子に座れなくなる。

仕事の優先順位からすると事務所でしなければいけないことが山ほどあるのだが、ついつい現場を見たくなる。

午後から現場まわり。このとこ川内近辺に現場が固まったものだから廻るのに時間が効率よい。

不思議とチョット現場によっても目に付く事が多々ある。我ながら感心する。動物的というか、、、監督はピリピリする。この緊張感がたまらない。

監督にはストレスになるのかも。

   

(本田耕三



■2006年3月12日(日)

昨年の3/27日に初めてお会いした方。今日の1:30から打ち合わせ。 話が決まった。調度一年かかった。

建築家に惚れたのはいいけれど、予算がオーバーしてた。3000万ご希望予算が1000万もオーバーしてた。

二回変更見積して、施主さんも少々ご予算を増やして頂いて、建物が建つ事になった。

変更見積の減見積が438万。「前の見積と後の見積。施主さんがみてほとんど支障のあるとこないと思います。」

施主さんは、不思議そうな顔をしてる。

今回の施主さんも、トコトン信頼していただけた。責任重大だ。カッコいい家ができそうだ。

岡山の建築家の川内の家。高松の建築家の南佐古の家。プランといい、形といい、今まで見た事無い。ワクワクする。出世作になりそうだ。

メールでの申し込み者限定で、現地見学会をしたい。見学ご希望の方、どうぞ。

   

(本田耕三


■2006年3月11日(土)

毎月第二土曜日夜7時〜9時は楽しみにしてる土曜倶楽部。いわば、異業種交流の場。
今日はヴォルテスゼネラルマネージャーのお話。

Jリーグって何なの?何を目指してるの?ビジョンは?経済効果は?

おもしろかった。Jリーグ選手。30までが勝負。大変なようだ。 でも、Jリーグの組織の考え方。しっかりしてるのに感心した。

   

(本田耕三


■2006年3月10日(金)

8日は大阪。9日午前3時帰宅。9日は高松。
今日は11時〜11時まで打ち合わせ。

11時〜1時 O邸 鉄筋検査、床材外壁材の打ち合わせ。
1時〜4時 H邸。INAX展示場でキッチン、衛生機器、タイルの打ち合わせ。施主さんからの一言。「ワクワクする。早く住みたくなった。早く仕上て。」


前前からご主人によく聞かされる。「うちの女房はこの建築家に会ってなかったら、家が建たなかっただろう。」

4時〜5時 O邸 サッシ、木製建具打ち合わせ。
5時〜6時 I邸 現地下見。建築家。周りを何度も歩いてロケーションの確認。
6時〜9時 I邸 施主さんと打ち合わせ。建築家の一言一言。うまい。施主さんに不安感を与えない。
9時〜10時 H邸 現場。投光機の明かりの下で。
10時〜11時 ラーメン食べてお別れ。

頭がボーッとする。

   

(本田耕三


■2006年3月9日(木)

2005年11月現在 登録建築家506名
スタジオ数84。

建築家ネットワーク アーキテクツ・スタジオ・ジャパン

建築家と建てる家。ご希望の方、是非一度事務所にお越しください。

11年前、建築家と建てる家の元祖 夢建人 丸山雄平。5年前、ダイナウェアとの出会いで始まった。 今、大きなうねりになりつつある。

毎週、土日全国どこかで3,4ケ所。「未来をのぞく住宅展」が開かれてることになる。

   

(本田耕三


■2006年3月8日(水)

ゼネコンの中でも、竹中さんは建築に関しては名実ともにダントツだ。

竹中大工道具館 神戸にある。

是非一度いかれることをおすすめする。


アーキテクツ・スタジオ・ジャパン ASJ
の事業説明会が大阪であったので、早めに出てよる事にした。

二回目だが展示内容といい、建物といいさすが竹中さん感心した。

改めて、大工技術の奥深さ。人間の知恵に感動する。

(本田耕三


■2006年3月7日(火)

九州から電話。「、、、、業務用辛し明太子いりませんか。?」 うち、建築屋なんですが。

「、、、、、NTT、、、、、」いかにもNTTからの電話のようだけど、民間会社からの電話の勧誘。

「○○ですが、社長さんいらっしゃいますか。」以前は、ザワザワした電話の音が後ろで聞こえる中、会社名を言っての勧誘だったけど、最近は個人名で言ってくるものだから、従業員は施主さんか知人かと思って、電話をとりつぐ。儲け話か金貸し。そんなに儲かるんだったら、人に言わず自分でしたら?

電話公害にFAX公害。規制できないものなのか。

   

(本田耕三


■2006年3月6日(月)

昔は、メーカーは地元のしにせ企業と特約店契約を結び保証金を納める代わりに県下でそのメーカーの品物が売れた場合は必ずマージンが入る。お金のやりとりもそことだけしていればよいとなってたみたいだ。

インターネット時代の功と罪。

最近は建築家も施主さんもインターネットで検索できる。徳島で販売代理店のない品物でも気に入ったものがあれば取寄せる事が出来る。床材ひとつでも以前は工務店、建材屋さんにおいてある物の中から「どれにしましょう?」で決めれたが、最近は聞いた事も使った事も無い建材をインターネットで注文するケースが増えてきた。

支払いも振込みで出来る。運送も宅配便ですぐ間に合う。ただ、その場合「お金は先に振り込むこと。値引き交渉一切できず。返品不可」という場合が多い。

顔もみたことない人に、先に100万振り込まなければならない。「お宅もうちが心配かもしれないが、こちらもお宅が心配よ。」

「流通を簡素化することによって、中間マージンをへらしましょう。」は立派なのだが、現実的には色々泥臭い話がかかわってくる。

流通業の危機感は事実だろうが流通業の存在価値も又、見直さなければ、、、、、この問題どういう方向に進むのだろうか?

   

(本田耕三


■2006年3月5日(日)

午後、建築家との打ち合わせ。
施主さんは製薬会社勤務。テーマはローコスト。

会社の人で東京に転勤になったら糖尿病が治ったそうだ。歩く事が多くなったから。徳島県が糖尿病が多いのは徳島県人のDNAとしてあるのか、交通 が不便で車依存度が高いからとか。

建築家もお金を払って、ジムにかよってるが駐車場すら一番出入り口に近いところに止めて、中で自転車を漕いでいる。それだったら、自転車で外を走ったほうがいいのではという話。

家の打ち合わせをしもって出た健康の話題。

   

(本田耕三


■2006年3月4日(土)

10:00お客さんが尋ねてきた。「古い家を古い家らしくリフォームしたい。」おもしろそうだ。お客さんの方にキッチリした考えがある。

建築家5人に電話したらしいが、皆さん電話だからのせいかもしれないが、話しにくかったそうだ。めんどくさそうに言われたそうだ。敷居が高かったと感じたそうだ。

帰りがけ「社長が作業着だったので安心しました。」と言われた。

以前、ある方には契約の時作業着で行ってたら、後で監督に「社長、作業着ィ?!」と言われたそうだ。

母親はせっかく育てた息子に背広でもパリッと着て欲しいみたいだが、1年365日ほとんど、作業着だ。不精なだけなのだが、服を着替えるとたちまちポケットの位 置が変わったり、スケールが入っていないと体のバランスが悪くなる。

ちょっとした会に背広で行くと「おっ!今日はどしたん。」と必ず誰かに言われてしまう。

施主さんで「社長が作業着、軽四に乗って来るから仕事頼むんぞ。」とおっしゃって頂ける方もある。

でも、少々はTPOを考えないといけないかな?

建築家、黒で決めてる方が多いのはどうしてなんだろう。

   

(本田耕三


■2006年3月3日(金)

今日は3月3日。おひなさん。

「そ・し・て「ひな祭り」といえば“菱餅”ですよね〜。 下から緑色、白色、ピンク色の菱形の「ひなまつり」だけのお菓子ですが、 この色の意味をご存知ですか?

ひとつひとつの色にちゃんと意味があるんですね〜。
◆1番下の緑色それは、新緑を表しています。
◆2番目の白色それは、純白の雪を表しています。
◆3番目のピンク色それは、桃の花を表しています。

そこには春になると雪の下には新緑が芽吹き、桃の花がつぼみをつける、 といった風流な意味が込められています。」

おまけに、耳の日。
「「耳の日」は日本耳鼻喉科学会が1956年定めたそうです。その語呂合わせの以外の理由としてはサリバンさんがヘレンケラーの指導を始めた日が3月3日であり、また、電話の発明者グラム・ベルの誕生日が3月3日であるからそうです。」

だそうだ。

娘さんのいる家では、おひなさんの七段飾りをおく位 置を考えとかないと、設計ミスと言われるかもしれない。

   

(本田耕三


■2006年3月2日(木)

32年前の住宅。今57歳の建築家が若い頃に描いた建物。建築家の親戚 の家。 当時としては斬新だったろうなと思う。今でも決しておかしくない。

外壁板の部分が見苦しくなったので、ガルバリウム鋼板を張ることになった。

板の上にそのまま張る予定だったのだが、腐ってたので下地から張り替えなければいけない。。

(本田耕三


■2006年3月1日(水)

 

国会は何の為にあるのか?

官庁工事をしてないものだから選挙の時、力をいれる事も無い。

今は亡きG代議士の講演会を昔一度だけ聞きに行ったとき、他の党派がどうだこうだは言わなかった。
「世界の中で今、日本はどういう立場にあるか?日本の中で徳島はどういう立場にあるか?徳島は今何をしなければならないか?」そんなこと言われてた。感心した。

現場で従業員同士が言い争ってる時、ある主任が言った。「おまえら、なんの為に現場にきてるんぞ。今、お前達が言い争ってる事は、施主さんの為に建物を仕上るということと関係ない。」

国会では日本を良くする為に、どうしたらいいか?そんな所で真剣なお話し合いをして頂きたい。

(本田耕三


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